画に描いた餅
さて、
年度末になり俄かに周りも慌ただしくなってきました。
私は、
新しい生活への対応で、庭への未練も吹っ飛んでしまう日々です。
前回は私の波乱の下野の段をお話ししました。
では、いったいそこで何が起きていたのか、
今まで、判る人にしか判らないようには書いてきましたが、
これからその物語を少しずつ書いていきましょう。
庭の牡丹が開いて散る頃までには、下野の前段階、保育園の様子が書けているでしょう。
初めの保育園を5年で辞去した私は、まったく違う仕事をしてみたく、さまよった挙句、PC、インターネット関係の職に収まっていました。
まあ、可もなく不可もない生活。
それなりに業界の知識は付いてきますし、もともと凝り性+口達者なので、知識をつけてからは顧客のクレームを不憫三寸の舌でいなし、すかしの日々でした。
ある時、生まれた時から手元で可愛がっていた子が手元を去り、急に侘しくなり、市の保育連盟に求職票を出しました。
まあ、寂しかったわけです。
2日後、とある園から声がかかりました。
電話口には独特の陰に籠った男の声。
市保連の運動会などで、多分に会ったことがある相手だとは思いましたが、さて、顔が浮かびません。
取りもあえず、面接に赴くことになりました。
場所は通勤15分程度の山の向こう。条件次第ではあるけれど、好都合な場所ではあります。
芋掘り時期の、強い旋風が吹く砂塵の舞う日、
その園に行きました。
なるほど、思い当たる園長。
駐車場係の時に一緒に担当した相手で、眉間の皺と籠った声、それに鼻にかかった『理論的な言い回し』が印象的で覚えていた相手でした。
園長はその時点で採用を決めていたようで、園の簡易な説明と非常勤としての条件提示がありました。
園の特長。
『見守る保育』
頭の中に少しだけ覚えがありました。
自由保育のようで実は完全な設定保育。
方法論で物議を醸すものだと。
遊戯・発表会が12月に控えている11月。
私はその保育園に勤め始めたのです。
務めるまでの1週間で見守る保育についてはおおよそ調べ上げました。
『見守る保育』については別ページを見てください。
これを大義立てて取り組んでいるなら、さぞ楽しい、そして子どもも落ち着いた保育園だろう
そう思って出向いた1日目
帰ってくる道すがら、私は曹丕の言葉を繰り返しつぶやいていました。
画餅は喰えぬ。
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