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2007年7月

雨がひどいのです

小児用風呂浮き輪で事故多発だそうです。

消費者センターが『利用しないように』と注意を呼びかけているとか・・・

まあ、正直な話、保護者はちゃんと見てろよって事で。

ボートだってひっくり返ることがあるのに、それを、子どもが水場にいるのに目を離すだなんて・・・

で、消費者センターは『使うな』だそうで。。。

浮き輪業者もいい迷惑だ

子どもに何かを使うときは、保護者の責任。

水場ならなおのこと、命にかかわることぐらいわかるでしょうに。。。

浮き輪に乗って、保護者が目の前にいて、且つ気にしていれば、ひっくり返ってもすぐに気がつくでしょう。

少なくとも消費者センターの勧告は少し見当が違っているようです。

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3年目の挑戦

さて、久しく間が空きました。

特に忙しかったわけではなく、ただ、書くこともなかったわけで。。。

では、今、書くことがあるかというとそうでもなく。。。

庭は相変わらずジャングル状態。

梅雨ではあるため、少し樹勢がおとなしくなり、葉っぱを落とすものもいつものごとく。。。

つるものは、やはり3年目からというのは本当なようです。

そして、つる物の恐ろしさもしみじみと感じております。。。

ハゴロモジャスミンは大幅に規模を縮小しなくてはならないようです。

その他のつるものも、全体のバランスが難しいと、つくづく思います。

まあ、品評会用の庭ではないので、気楽に、日々勉強のつもりで、気なが~にいきましょう。。。

今年も、どこからとなく、オーシャンブルーが生えてきました。

花もしっかりついています。

洒落で植えた片隅のヤマホロシと絡み合って、まあ、後々の整理が大変そうです。

で、何が『3年目の挑戦』かといいますと、八重咲きのインパチェンスです。

バラに似た、可憐な花がつくので、数度挑戦したことがありますが、ことごとく失敗。

南向き吹きっ晒しの我が家の庭では管理が行き届かず、2年続けて失敗。

昨年は挑戦自体をあきらめていましたが、今年、やはり園芸店で見つけて、リベンジです。

基本的には地植えができるものしか育てませんが、このインパチェンスにはそれを

差し引いての魅力があるわけです。

画像は、また、後から

〔今日は雨で花がほとんど落ちてしまっています。。。〕

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・話題が持ちませんね。。。。。。。。

子どもたちは順調なようですので、心配もなく、庭は花盛りまではまだ間がある。。。。

例の防衛大臣の話でも書きましょうか。

『しょうがない・しかたがない』・・・まあ、言わなければ良かったですね。

でも、発言内容に何の問題があるのか、よくわからないです。

原爆投下はしかたがない。。。文脈として、また意味として何も問題ないようですけれど。。。

原爆は悲惨な兵器です。世にある国が、少しずつ、核を利用しない・持たない国になることには、おおよそ誰も異議がないです。

また、あの防衛大臣が『原爆を落としてくれてよかった。』と言えばかなりの問題です。

しかし発言内容は『戦争終結のポイントとして原爆投下があり、仕方がないことであった』といったもののようです。

原爆投下を諸手をあげて『落としてくれてよかった。戦争が終わった』と言っているのではなく、『戦争終結のポイントは原爆投下であり、投下は仕方がないことだった』との内容です。また、その発言の直前には『悲惨なことで』と憂えています。

真意を酌めば、今の議論は少しポイントがずれているのではないでしょうか。

投下を是認云々と言う論議があるようですが。。。では、少し深く考えて見ましょう。

戦争です。戦争の終結は寄せ手が退くか、守り手が折れるか、この2つがおおよそのパターンです。

原爆投下により、終戦。これは誰も意義がありません。
もし投下が無かったら。。これはいろいろいわれています。
1億総玉砕。もしくは本土決戦で多くの犠牲者。さらに、日の本は他国の蹂躙を受け、属国化。。。
もしくは、日本軍による乾坤一擲の紀州が成功。。。。などなど。。。。

まあ、前者が正解ではないかと思うのですが。。。。

さらに、戦争とは。。。少なくとも2回の大戦は人を殺すことです。
殺し、殺され、寄せ手と守り手の攻防が戦争です。

人を殺す方法に、竹やりと原爆で何が違うのかという議論もあります。
人が殺し殺されるのに、それは卑劣な武器だ、卑怯だなどということが言えるでしょうか。

私には違いが無いように思います。

したがって、寄せ手が守り手に武器を使う。戦争をやっている以上仕方がない。

そんなものではないでしょうか。

で、それを踏まえて、唯一の兵器核の犠牲国として、平和と非核化を唱える

それが姿でしょう。

今回の防衛大臣弾劾は、曲学阿生の戯言にしか聞こえません。

************ああ、そう、ちなみに私は核を是認しているわけではありませんし、興味本位でこの文を書いているわけではありません。

被爆者の方を、もしくは遺族の方を冒涜する気はないし、その方々の前で平気な顔で、上に書いた文章を読み上げることはできません。

それは、感情があるからです。思いやり・哀れみ・悲しみを知るからです。
感情があるので、平然と、上に書いたことを言うことはできません。

しかし、どうしても自分の考えと、自分の考える道理を言えといわれたら、上に書いたことを被爆者の前でも大声で言うでしょう。

感情は人、立場によって違い、道理はひとつの柱です。

もちろん、その道理が根本から違うと言うこともあるでしょう。私が森羅万象の中心ではないのですから。

それでも自分の道理を据え、感情を知る。

その上でこそ、今回の問題の根本を議論できると言うものです。

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