ミスティーパープル
初期に買ったバラのひとつ『ミスティーパープル』
結構値が張ったけど、写真の色に惹かれて即決で購入。
地植えにしてからは、それこそ百花繚乱の勢いで咲いている。
今年はブルーリボンが出遅れているので、この色合いは嬉しい。
植え替えをしたパラダイスも、しっかりと咲いている。
外壁の蔓は、まだまだ緩慢に蕾を膨らませている。
10,20と咲いているけど、まだまだ、そんなもんじゃないはず。
・・・・でも、去年まではアイスバーグの白とゴールドバニーの黄色だけで、とても良い色合いだったのに・・・
初めて咲いたショッキングパープル:植えて三年目で開花:の色のため、黄色が毒々しく見える。。。
おまけに、ガーディナル・ド・リシュリューが咲き始めて、さらに紫が壁面を。。。
。。。。こんなに成長するはずじゃなかったんだけど。。。
そうそう、今年は病気に襲われていない。。。
3年目以降はバラも強くなるんだろうけど、次亜塩酸消毒+まっぽし君散布が効いているんだろうね。
黒点は出るけど、広がらない。
手でむしって、それで止まっちゃう。
もうすこし今のサイクル・・・週1回の消毒+有益菌・漢方散布のセット散布:を続けてみるつもりです。
バラの栽培は、趣味になるのかな。。。道楽って言えばぴったりだよね^_^;
嬉しいことには、手をかけた分だけ、きれいに咲く。
結果が出るってことだね。
子育てに疲れたお母さんにはオススメ。
ひと時の癒しになるかな。
趣味。。。趣味。。。よく『多趣味だね』っていわれるけど、本当に趣味っていえるのは、歌だけじゃないのかな。。。って最近思う。
高校のときから歌を習い始めて、コンクールなんかにも出た。
大学は『音大に行かないか』なんて、担任から言われたこともあったけど、全く行く気はなかった。
楽しく歌えていたけど、あくまで凡庸なのを知っていたし、楽しみのために歌うんで、プロになったり、それを職業に出来るとは思っていなかった。
大学にいってもコンクールに出た。
入賞者の名前に、音大ばかりが載っているなかで、『保育○○』って書いてあるのを見ると、なんだか笑いたくなったのを覚えている。
正直、心の中で『音大にいったからといって歌がうまいわけじゃない。保育関係者なんかでも、そこそこ歌えるやつはいるんだ』と笑っていた気がする。
歌は一生勉強。そんな風にも、師匠から教えてもらったけど、勉強と思うことは少ない。
良くも悪くも、楽しみとして歌っていたいと思い続けている。
・・・街に行くと路上でへたくそが歌っている。へたくそが歌っちゃいけないわけじゃないし、3尺の童もそのうち、雲を穿つかもしれない。
でも、路上で歌う=人に聞いてもらうなので、それはへたくそのままではやってはいけないと思う。
歌っていうのは、歌っている人の気持ちや、曲の気持ちを声で表現しているんだから、ある意味エゴイズムの部分があると思っている。
路上で歌っているtってことは、エゴイズムの押し付け・・・なんじゃないかな。
で、その上へたくそなんで、受け入れられない。。。上手なら、それでも受け入れられる。
その上、あんな歌で、恥ずかしくないのかな?
上手ければなんてことないんだけど、下手な人は、もう少し考えて路上は控えるべきだよね。
で、思うんだけど、多分、あの人たちは・・・歌が下手で、かつ路上ライブをしている人たちは、歌が趣味なんじゃないと思うんだ。
彼らの趣味は、歌を楽しむことではなく、歌を道具として、たとえば衆目を集めることが趣味だったり、もしくは、自分は『歌を歌っている』という慢心が趣味なんだと思う。
これは、路上の人だけじゃないね。
ライブハウスでやっても同じ。へたくそが、それを見極めずに、人前で芸を。。。それも最低な芸を披露する。
これも、一つの慢心が趣味ってヤツじゃないかな。
本当に音楽が好きなら、まず自分で楽しめるように練習する。そして愉しむ。
人に聞かせたいって思ったら、聞かせられるようになってから聞かせる。
音楽を楽しむことと、人に披露することは近しい存在であっても、別な事象であることを認識すべきよ。
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